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  "For The Lost Techno
Greats"
(Written By 真利夫)
 

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Black Dog Production
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For the Lost Techno Greats(vol.3)
Black Dog Productions

written by 真利夫

 第3回目にふさわしく、3人組のテクノ音楽家を紹介いたしましょう。すなわち、ブラック・ドッグ・プロダクション(Black Dog Production)であります。ブラック・ドッグって…全然忘れられてないじゃん。というか、3人じゃなくて1人じゃん、その前にこのコラムが忘れ去られてるじゃん、なんてこと言わないで聞いてください。

 確かに、ブラック・ドッグという名前は存在していて、ビートニクの生き残りと、音楽的には毒にも薬にもならない音楽を展開していたりしますが、あのブラック・ドッグ・プロダクションとこの“ブラック・ドッグ”は別物です。といっても、こうなった経緯をご存じの人しか、もはやブラック・ドッグなんて気にも留めない存在に成り下がっているかもしれませんが…。

Black Dog Productions
"Bytes"
(Warp WARP LP8 LTD)
 

 なんだかとりとめもない文章になってしまいましたが、世の人々から「ブラック・ドッグ」のイメージをレッド・ツェペリンから剥奪した、1993年のことから始めましょう。1993年。つまり、英ワープ・レーベルから『(Bytes)』がリリースされた年です。このアルバムは、かのジェイムス・ラヴェルも、「自分が影響を受けた十指に入るアルバム」と評していたり、かのマーク・スチュアートも、当時の来日インタビューで、最も刺激的な音楽である、というようなことを、言っていたものです(まあ、2人とも煮ても焼いても食えないお人になってしまいましたが)。

 当時、まさしく心躍る体験を、聴取者に与えてくれたアルバムだったのです。
『(Bytes)』は、自己のレーベルからリリースしていたシングルをまとめた編集版らしいのですが、当時テクノに対してしばしば言及されていた「ある種のプログレッシブ・ハウスとの相似」は、90年移行のテクノにおいて、このアルバムで初めて達成されたといっても過言ではありません。ごめんなさい、少々過言かもしれませんが、そう筆者に言わせてしまうだけの何かが、ここにはあったのです。

 とにかく、1曲目を聞いてください。レゾナンスを微妙に、急激に変化させるだけで、往時の山塚アイもかくありなむと思われるほど高揚感をもたらす短音シンセ・ループに、カット・アップによって「意味」の海から遊離させられた音としての呪術的なサンプリング・ボイス。唐突に始まって、唐突に終わる曼陀羅ビート。自分でも何を言っているのか分かりませんが、さらにデトロイト直系…からは多少ロンドンの霧でも吸い込んでしまったに違いありません…本家よりも暢気でノン気で牧歌的なストリングスが、絶妙なタイミングで交錯する…。フュージョン期やニュー・ウェーブ期に排出された傑作録音群と同様、恐るべき確率の偶然でなされたに違いない、絶妙な「間違い」がここにはあります。

 筆者はこのアルバムを聞き直しながらこの原稿を書いているのですが、音の手数の多さには、まったく圧倒されるばかりで、しかも一音一音が角を立て、それぞれが拡散しようとする絢爛さたるや、他に類を見ません。また、いくつかのビートが1つのビートにシンクロする快感、というのも、まさに「プログレ」のそれだと言えるかもしれません。手数の多さで匹敵するテクノ音楽家というと、往時のダン・カーティンが挙げられますし(最近はさっぱりアレな人ですけれど)、前回、前々回に取り上げた音楽家なども、同じ系譜にある人たちかもしれません。ただし、彼らとブラック・ドッグ・プロダクションが異なるのは、前者が、触れるといまにもスポンティニアス・コンバッションを起こしそうな破天荒さに溢れていたのに比べ、後者が触れるといまにも壊れてしまいそうな虚弱なスペース・バンパイアな感じ、とでも言えばいいでしょうか。ここには、パスカル・コムラードにも比すべき室内楽的な愛らしさに溢れているのです。

 また、マッド・マイクに影響を受けたのかは分かりませんが、特にこのころのブラック・ドッグ。プロダクションは、まったくアーティスト写真を公開しておらず、聞き手側としては、欠けている情報を埋め合わせするかのように、深く深く、このアルバムを聞き込んでいったものでした。

 このアルバムに先行して、A13レーベルやライクマインド・レーベル(LIKEMIND)、ARTレーベルから、「TURA」「BALIL」名義でシングルをいくつかリリースしていますが、それらのいくつかは、ワープ・レーベルからのPLAID名義の編集版『trainer』で聞くことができます(代表シングルの1つと言われる“NORTE ROUTE”も収録)。

 

Plaid
"Trainer"
(Warp WARPLP74)
 

 『trainer』のライナーを見ると、彼らの音楽的なキャリアは、1989年に自身のレーベル「ブラック・ドッグ・プロダクション」を設立、1991年にプラッド(Plaid)名義で『MBUKI MVUKI』をリリースしたことに始まる、と書いてあります。このときは、現プラッドのメンバーだけでアルバムを制作したのだそうです。

 また同ライナーに「“ブラック・ドッグ・プロダクション”からリリースされた」というシングルが多数収録されているのですが、そんなものがこの世に存在することなど、このライナーを見るまで全く知らなかったので、筆者は卒倒しそうになりました。当然、どこを探しても見つからなかったわけですけれども。ARTからの初期シングル群を初め、フロアで一度だけ聞いたことのあるジェネラル・プロダクションからの傑作(だと言われている)ファースト・シングルなどは、中古店ではまず見かけることがなく、ほとんど、伝説の域に達していると言ってもよいでしょう。

 何年も前のことなのですが、LIFE FORCEというイベントで、英テクノの雄(だった?)INSYNCがDJでそのジェネラル・プロダクション・レーベルからのシングルをスピンしたのを覚えています。リリースの長いバスドラムが一瞬フロアの空気をやや下げた時に、突然降り降りてくる荘厳なストリングス。その感触しか覚えていないのですが、それはそれは強烈な体験でありました(『trainer』収録の「PRIG」という曲が恐らくその曲なのではないか、と思うのですが、ライナーには“UNRELEASED”とあります)。

 LIKEMIND盤などは、今でもちょくちょく目にするのですが、先ほど述べたジェネラル・プロダクション・レーベルからのシングル、およびARTや“ブラック・ドッグ・プロダクション”なるレーベルからのシングルは、ほとんど見かけることはありません。といいますが、本当に“ブラック・ドッグ・プロダクション”なるレーベルが存在していたのかすら、疑わしくなってくるほど。とにかく、それらのシングル盤を手に出来た貴兄は非常な幸運に恵まれているといえます。
 
 『trainer』では、そのまんまインスト・ヒップホップのような楽曲から(そういえば、ブラック・ドッグ・プロダクションを略すとBDPになる…)、随分ひねくれた解釈のデトロイト・テクノまでが雑多に転がっているのですが、それらの要素を昇華させた結果が、『(Bytes)』だった。そう言えるでしょう。

 この時期のブラック・ドッグ・プロダクションは、恐らくは同時期のカール・クレイグと互いに影響を与えあっていたと思われます。

 
The Black Dog
"Temple Of Transparent Balls"
(General Production Recordings GPR CD::1)

 

 さて、同年の1993年に、今度は「THE BLACK DOG」なる名義で自己のレーベル、ジェネラル・プロダクション・レーベルからアルバム『TEMPLE OF TRANSPARENT BALLS』を発表します。

 このアルバムは、後にプラッドとして再びブラック・ドッグ・プロダクションから分派する音楽面担当組(じゃあもう1人は何やってたんでしょうか?)が、かつて通過したエレクトロ/ヒップ・ホップの影響を、多少はフィルターの透過率を高めにして作られたものになっています。音数は少なくなり、かつて見せていた、奇跡的な音群のクロスオーバーは影を潜めて、確信犯的な奇妙な音の見せ物小屋的な傾向を強めています。

 この後、ブラック・ドッグとプラッドへと分派していくブラック・ドッグ・プロダクションは、このアルバム以降、ほとんど進化を見せていません。つまり、大変失礼な言い方かもしれませんが、音楽的に賞味期限の切れかかっている、かなりギリギリなアルバムだったのだなぁというのが、今振り返って思う正直な感想です。

 一時期のリズム的に複雑至極な構成は影をひそめ、サンプリングネタ一発+ブレークビーツという、彼らにしては安易すぎる楽曲まで見られる始末(とはいえ、『trainer』に納められた最初期のシングルを聞くと、単なる先祖返りだったことに、後から気が付きましたが)。悪くはないのですが、しかし、ワープ・レーベルからのデビュー・アルバムが一番の重用作だとしたい筆者からしてみると、少々もの足りない、というのが本音です。

 とはいえ、このアルバム、聞きようによっては、「この人たちが今のオウテカの位置にいるはずだったかも…」と思わせるのに、十分な楽曲を納めているのです。「SHARP SHOOTING ON SATURN」がそれです。ヒップ・ホップ・ビートに、気持ちの悪くて気持ちがいいポルタメントがかったビートがうねうねとメロディを奏でるだけ、というこの曲。ブレイクでは、彼ららしい甘ったるい哀愁漂うストリングスももちろん忘れられてはいないのですが、楽曲の大部分を占めるドラム+ベース部分の“らしからぬ”力強さを浮かび上がらせてくれます。

 この方向で行けば、また彼らの今のありようも変わっていたかもしれません…。

 
The Black Dog"Parallel"
(General Production Recordings GPRCD15)

 

 同じく1993に録音されたシングルが、1995年に編集盤『Parallel』としてまとめられます。このアルバムには、『TEMPLE OF TRANSPARENT BALLS』から、再びプラッドに名前を変えた当初までの持ち味である、まっとうな(?)ブレークビーツ+胸のすくようなデトロイト・ライク(よりちょい甘め)なストリングスで構成される楽曲が、ほとんどを占めています。 このアルバムの中には、高速で安っちいブレークビーツの上に、“らしからぬ”ランダム・ヒップ・ベースが強烈な印象を残す「Squelch」が収録されていますので、これを聞くためだけでも、アルバムを購入する価値はあるでしょう。

 ちなみに「Squelch」=スケルチというのは無線用語で、変調のない信号をカットする機構のこと。つまりは、強烈な変調のほどこされた楽曲、という意味なのでしょう。どうでもいいですが。


 この後、上記の通り、プラッドとして分派したブラック・ドッグ・プロダクションの音楽担当組は、クレア・レーベルからの1stリリースとなるシングルを発表。瑞々しいブレークビーツは、それなりに輝きは失ってはいませんでしたが、世はジャングルという名の手数の多いブレーク・ビーツ音楽まっしぐらな時代。やっと俺らに時代が追いついたとばかりに、オクトパス・レーベルなどからそれらしき音楽を発表したりしました。が、リズム的には多様になり、音楽的には凡庸になっていくのでした。

 『(Bytes)』の頃の彼らの楽曲は、いくつかのビートが1つのメトロノームの上で進行していき、それらがシンクロした瞬間の気持ちよかった、ということはすでに述べました。しかし、世の中がリズム過多の時代になったとたん、自分たちの本来の資質であるべきところのメトロノームを忘れてしまったのでしょう。リズムは拡散していくばかりで、再びシンクロすることはなかったように思えます。
 
 分裂後のブラック・ドッグについては、1stアルバムが「非常につまらなかった」ということしか覚えておりません。失礼ながら。ほとんどがビートレスの曲だったような気もします。
 
 と、考えてみると、まったく体質の違う「プラッド組」と「ブラック・ドッグ」が共同作業をしていたということが、あの『(Bytes)』を生み出した…ということになりそうですが、いまの両者を見ていると、再結成なんて絶対にしないのでしょうね…。

 
Plaid
"P-Brane EP"
(Warp WAP158CD)

 

 最後に、今年に入ってからの目下の最新シングル「PーBRAIN EP」が、以外なことになかなか美味であったことをお伝えしておきましょう。それほどおもしろくないな、と思いながら、あれだけの傑作を作った人たちだもの…と密かに耳をそばだてていた甲斐はある、と思わせる曲が納められています。「(Bytes)」の頃を思わせるような、とまでは行きませんが、一時期に比べて骨太な変則ブレイクビーツと、無邪気というより白雉的にから元気なメロディがないまぜとなった、佳曲であります。

 かくのごとく節奏のない彼ら。節奏がないから、もしかして次回作は傑作なのではないかとリリースを心待ちにして、がっかりしたり、喜んだりさせられてしまう、非常にリスナー泣かせな存在といえるでしょう。すでに『(Bytes)』を過去のものだと割り切れる人にとってしてみれば、もうどうでもいいことなんでしょうけれどもね…。



 ところで、上記の文章の中に日本語的におかしい部分あるかもしれませんが、それは、音楽的におかしな出来事であった、1990年代初頭のテクノ音楽を表現するための、おかしな日本語解釈とでもしておいてください。次回はなるべく早く更新します。
 
 
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