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なんだかとりとめもない文章になってしまいましたが、世の人々から「ブラック・ドッグ」のイメージをレッド・ツェペリンから剥奪した、1993年のことから始めましょう。1993年。つまり、英ワープ・レーベルから『(Bytes)』がリリースされた年です。このアルバムは、かのジェイムス・ラヴェルも、「自分が影響を受けた十指に入るアルバム」と評していたり、かのマーク・スチュアートも、当時の来日インタビューで、最も刺激的な音楽である、というようなことを、言っていたものです(まあ、2人とも煮ても焼いても食えないお人になってしまいましたが)。
当時、まさしく心躍る体験を、聴取者に与えてくれたアルバムだったのです。
『(Bytes)』は、自己のレーベルからリリースしていたシングルをまとめた編集版らしいのですが、当時テクノに対してしばしば言及されていた「ある種のプログレッシブ・ハウスとの相似」は、90年移行のテクノにおいて、このアルバムで初めて達成されたといっても過言ではありません。ごめんなさい、少々過言かもしれませんが、そう筆者に言わせてしまうだけの何かが、ここにはあったのです。
とにかく、1曲目を聞いてください。レゾナンスを微妙に、急激に変化させるだけで、往時の山塚アイもかくありなむと思われるほど高揚感をもたらす短音シンセ・ループに、カット・アップによって「意味」の海から遊離させられた音としての呪術的なサンプリング・ボイス。唐突に始まって、唐突に終わる曼陀羅ビート。自分でも何を言っているのか分かりませんが、さらにデトロイト直系…からは多少ロンドンの霧でも吸い込んでしまったに違いありません…本家よりも暢気でノン気で牧歌的なストリングスが、絶妙なタイミングで交錯する…。フュージョン期やニュー・ウェーブ期に排出された傑作録音群と同様、恐るべき確率の偶然でなされたに違いない、絶妙な「間違い」がここにはあります。
筆者はこのアルバムを聞き直しながらこの原稿を書いているのですが、音の手数の多さには、まったく圧倒されるばかりで、しかも一音一音が角を立て、それぞれが拡散しようとする絢爛さたるや、他に類を見ません。また、いくつかのビートが1つのビートにシンクロする快感、というのも、まさに「プログレ」のそれだと言えるかもしれません。手数の多さで匹敵するテクノ音楽家というと、往時のダン・カーティンが挙げられますし(最近はさっぱりアレな人ですけれど)、前回、前々回に取り上げた音楽家なども、同じ系譜にある人たちかもしれません。ただし、彼らとブラック・ドッグ・プロダクションが異なるのは、前者が、触れるといまにもスポンティニアス・コンバッションを起こしそうな破天荒さに溢れていたのに比べ、後者が触れるといまにも壊れてしまいそうな虚弱なスペース・バンパイアな感じ、とでも言えばいいでしょうか。ここには、パスカル・コムラードにも比すべき室内楽的な愛らしさに溢れているのです。
また、マッド・マイクに影響を受けたのかは分かりませんが、特にこのころのブラック・ドッグ。プロダクションは、まったくアーティスト写真を公開しておらず、聞き手側としては、欠けている情報を埋め合わせするかのように、深く深く、このアルバムを聞き込んでいったものでした。
このアルバムに先行して、A13レーベルやライクマインド・レーベル(LIKEMIND)、ARTレーベルから、「TURA」「BALIL」名義でシングルをいくつかリリースしていますが、それらのいくつかは、ワープ・レーベルからのPLAID名義の編集版『trainer』で聞くことができます(代表シングルの1つと言われる“NORTE
ROUTE”も収録)。
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